蛇美

私は今日まで生きてきました…

催眠を使えば完全犯罪も可能?

 

この問いはおそらく誰もが答えを知りたがる問いで、研究者も例外ではありません。
現在では倫理的な観点からこれを確かめる実験はできないのですが、50年代〜60年代には実験的に犯罪が可能か検証されました。

問1)催眠を用いて犯罪的行為を行わせるようしむけることは可能か?

成功した実験
例えば、直接「○○せよ」と暗示して反社会的行動をさせることに成功したという研究があります(「目の前にあるビンの中身は硫酸だ」と暗示し(実際に中に入っているのは水)、ぶっかけさせるなど)。
これは直接的すぎて芸がないので、「親友が○○して良いと言っているからやりなさい」というように、反社会的行動に対する認知を歪ませる方法を試して成功したという研究もあります。
「目の前の人間があなたを殺そうとしている。やらなければやられる」と暗示したところ、目の前の人に襲いかかったという報告もあります。

失敗した実験
その一方で失敗したという報告もあります。
ある被験者は友人の手紙を盗み見るよう暗示され、それを拒否しました。そこでさらに強く指示したところ、封筒を開くところまでは行いましたが、手紙を裏返して「何も書かれていない」と答えました。
表を読むよう指示すると、今度は手紙を逆さにして「読めない」と言ったり、「眼鏡がないから読めない」「内容が難しくて読めない」と次々と理由を作って拒否しました。
いろいろな理由を使って読むように暗示すると、最後には心因性の盲目状態に陥ってしまい、結局読ませることはできませんでした。

一致した見解が見られない理由
実験では、被験者は実験であることを知らされた上で実験に参加します。
そのため、被験者によっては実験者の意図に沿うように行動することがあります。
このあたりは、ショー催眠では被験者がショーであることを了解してより派手に振舞う傾向があるのとよく似ています。
つまり、純粋な催眠の効果以外にも、行為の動機づけが働いてしまうのです。
また、実験では万一に備えて本当に危険な行為はさせません
(例:本物の硫酸を人にかけさせたりはしない)。
被験者もそのことを知っているので、本当に危険かどうかを意識的にせよ無意識的にせよ判断して暗示にしたがいます。
研究結果が一致しない大きな理由はここにあります。

催眠よりも重要なこと
状況しだいで人は反社会的な命令に従います。
あるときには自発的に反社会的行動に走りさえします。
日々起こる犯罪の中には、その人が精神病理の深い人だったからというよりも、「状況」が直接的な引き金になったものもあるでしょう。


状況にはさまざまなものが含まれているのですが、ここまで読んで、ミルグラムやジンバルドーの実験を思い出す人も多いはずです。
これらの実験は、普通の人でも状況によっては反社会的行動に走ることを示したものです。
ここではMilgram(1963)の実験を簡単に紹介します。


被験者は「記憶に関する実験」として二人一組で実験に参加し、くじ引きで「生徒役」と「教師役」に分けられました。
ただし、一人の被験者は「サクラ」、つまり役者です。
サクラが必ず「生徒役」になり本当の被験者は「教師役」になるようクジには細工がなされていました。
もちろん、教師役の被験者には生徒役の被験者がサクラだとは知らされていません。

生徒役と教師役は別の部屋に分かれ、声だけがインターホンで聞こえるようにされます。
そこで教師役は生徒役に問題を出し、生徒役の被験者が間違えるたびに電流を流すよう実験者から指示されました。
一問間違えるごとに電圧は上げられていきます。

電流のスイッチが押されたときには、録音された苦しみの叫び声がインターホンを通じて教師役に伝えられます。
電圧が上がるほど「助けてくれ」「おかしくなりそうだ」などのように強い苦しみが伝えられます。

135ボルトまで電圧が上がったところで多くの被験者は「やめたほうがいいのでは」と実験者に訴えましたが、「死ぬ」と言われた電圧まで上げ続ける被験者もいました。



これらを総合すると、催眠されやすいという条件は反社会的行為の遂行にとって決定的な要因ではないと言えます。
Barberは催眠と反社会的行為に関する実験的研究をレビューした結果、催眠者と被催眠者の関係が最も重要であると指摘しています。

2016年05月11日 20:47