蛇美

私は今日まで生きてきました…

【寝物語】「もし、恋に悩んでいるのなら・・・」

実は、1ヶ月ぐらい前に友人から「」の相談をされたのだ。
相談内容もさることながら、その友人との会話も、
かなりブッ飛んで面白いものだったので、
いつか【与太話】で書いてやろうと心に決めていたのだが・・・
結局、一言も書けないまま現在に至っている。

そう言えば、あの時わたしが友人に何て言ったのか・・・
実のところ、ほとんど覚えていない。
だからなのか、結局、その友人からもここ1ヶ月
そのことについて何も言って来ない。
まぁ〜、わたしのことだから、きっとロクでもないことを口走って、
大いに傷つけたに違いない。

と言うわけで、今回はその友人への謝罪の気持ちを込めて、ある童話をアップしようと思う。
そして、もしこれを読んでいるあなたが「」に悩んでいるのなら・・・
是非読んで欲しいと思います。
・・・結構長いけどね。





ナイチンゲールとバラ】

「赤いバラを持っていけば、
彼女は僕と踊ってくれるというのに・・・、
あぁ、赤いバラがどこにも見つからない。」
貧しく若い学生が悲嘆の声をあげました。

オークの木の葉の隙間から
ナイチンゲール(夜鳴ウグイス)が、
そっとその様子を伺っていました。

「・・・うちの庭には、赤いバラが1本もない!」
学生はもう一度をつぶやいて、
その美しい瞳を涙であふれさせています。
「ああ、こんなちっぽけなことで、
何で僕の幸せは左右されてしまうのだ!
僕は賢者が書いたものはすべて読んだし、
哲学の極意も会得した。
それなのに一輪の赤いバラのために、
僕の人生が、
こんなにもみじめになってしまうなんて。」

「あの人だわ!やっとみつけた!」
ナイチンゲールは喜びで身体を震わせました。
「毎夜毎夜、愛しい彼を歌にしてきた。
・・・顏すら見たことはなかったけれど、
夜が来るたび、わたしの彼への愛を
ずっと、星々に聞かせてきたのよ。
その愛する彼が、今ここにいる。
あぁ、彼の髪、彼の唇、彼の顏・・・、
わたしの想像よりすべてが美しい。
あぁ、なんて愛しいんでしょう。」
ナイチンゲールはずっと長い間、
窓越しに見えるこの学生を愛していたのでした。

「あしたの夜、王子様が舞踏会を催される。」
学生は、つぶやきました。
「僕の愛しい人もそこへきっと行くことだろう。
真っ赤なバラを持っていったなら、
この僕と一緒に踊ってあげると
彼女は言ってくれた。
赤いバラさえあれば、
ぼくは、彼女を腕に抱き、
一晩中踊っていられるというのに・・・。
あぁ、なんでうちの庭には
赤いバラがないんだ。
赤いバラを持たない僕なんて、
彼女はきっと気にも留めてくれないだろう。
あぁ、僕のこの心は張り裂けてしまいそうだ。」
学生は両手に顏をうずめて泣きました。

ナイチンゲールは思いました。
「わたしの愛しい彼が苦しんでいる。
わたしにとって、喜びのこの瞬間が、
彼にとって、苦しみになっているの?
・・・愛とは、
本当に不思議なものだわ。
エメラルドよりも貴重で、
立派なオパールよりも高価。
金と天秤にかけて量り分けることも
決してできはしないのね。」
ナイチンゲールには、
学生の悲しみがわかっていました。
そして、何も言わずオークの木にとまり、
愛する彼について考え続けました。

しばらくして、ナイチンゲー ルは
茶色の翼をひろげて飛び立ち、
大空たかく舞いあがりました。

・・・わたしが赤いバラを彼に届けてあげよう!

街の東のはずれの芝地には、
美しいバラの木が立っていました。
ナイチンゲールはそれを思い出して、
飛んでいったのでした。

「赤いバラを一輪わたしに下さい。」
ナイチンゲールは必死に頼みました。
「もし下さるのなら、
わたしの一番綺麗な歌をあなたに捧げましょう。」
しかし、バラの木はあたまを横に振って答えました。
「・・・残念ながら、
わたしのバラは白い。
海の泡のように白く、
山の雪よりも白いのです。
でも、古い日時計のまわりに生えているわたしの兄弟なら、
あなたが望むものをくれるかもしれません。」

それを聞いたナイチンゲール
山を越えて西のはずれにある古い日時計の方へ
飛んでいきました。
「赤いバラを一輪下さい」
古い日時計のまわりに生えているバラに向かって、
ナイチンゲールは必死でお願いしました。
「もし下さるのなら、
わたしの一番綺麗な歌を捧げましょう。」
しかし、バラの木はあたまを横に振って答えるのでした。
「とても残念だが・・・
わたしのバラは黄色い。
玉座に座る人魚の髪のように黄色く、
牧場に咲くラッパズイセンより も黄色いのだ。
でも、学生の部屋の窓の下に生えている
わたしの兄弟のところへいけば、
君が望むものをくれるかもしれない。」

それでナイチンゲールは、
学生の部屋の窓の下に生えているバラの木の方へ
飛んでいきました。
「赤いバラを一輪ください」
ナイチンゲールは懇願しました。
「もし下さるのなら、
わたしの一番綺麗な歌をあなたに捧げましょう。」
しかし、バラの木はあたまを横に振って答えました。
「確かに・・・、
わたしのバラは赤い。
鳩の足のように赤く、
大海の洞窟でゆらめく珊瑚の立派な扇よりも赤い。
でも・・・、
冬がわたしの葉脈を凍らせ、
霜がつぼみを枯らし、
嵐が枝を折ってしまった・・・。
今年はもう花をつけることはないでしょう。」

ナイチンゲールは、なおも懇願しました。
「たった一輪のバラでいいんです!
それを手にいれる方法は、もうないのですか?」
「ひとつだけ方法が・・・。」
バラの木は沈んだ声で答えました。
「でも、それはあまりに恐ろしすぎて、
あなたに教えることは、わたしにはできません。」
「どうか、教えてください!
わたしは、どんなことでも恐くありません。」
ナイチンゲールはもう叫んでいました。

ナイチンゲールの熱意に負け、
バラの木はゆっくりと語り始めました。
「赤いバラを咲かせる方法は、
あなたが月あかりの中で
愛の歌声からバラを創り出し、
あなたのその心臓の血で
バラを染めるのです。
つまり、一晩中愛の歌を歌い続け、
このトゲをあなたの心臓に突き刺して
あなたの生き血がわたしのものに
ならなけばならないのです。」

「・・・死は、
一輪の赤いバラのために払うには大き過ぎる代償だし、
命は誰にとってもとても貴いものです。
それでも、このわたしの愛は命よりも貴いのです。
愛に比べたら・・・、
わたしの心臓なんてどれ程のものでしょう。」
ナイチンゲールはそう言うと茶色の翼をひろげて、
大空高く舞い上がりました。

若い学生はまだ庭にいました。
そして、その美しい瞳の涙も
まだ乾いてはいませんでした。
「お喜びなさい!」
ナイチンゲールは学生に向かって叫びました。
「お喜びなさい、愛しいあなた。
あなたは、明日の朝、赤いバラを手にできるのよ。
わたしが月あかりの中で、
あなたへの愛の歌からバラを創り出し、
わたしのこの赤い血で、
バラを真紅に染めあげるの。
その代わり、わたしが求めるのは、
本当の愛だけ。
だって哲学は賢 いけれど、愛はもっと賢いし、
権力も強力だけれど、愛はもっと力強いもの。
愛は、この世の何ものにも代えられない貴いもの。
あぁ、愛しいあなた。
わたしは、あなたの本当に愛になりたいの!」

すると、学生は目を上げ、
ナイチンゲールの美しいさえずりに耳を傾けました。
・・・でも、
ナイチンゲールが何を言っているのか
理解することはまったくできませんでした。

一方、ナイチンゲールをずっと見守っていたオークの木には
ナイチンゲールの悲しい愛の歌が痛いほどわかりました。
そして、とても悲しくなりました。
自分の枝によくとまっていた小さなナイチンゲールのことが
ずっと好きだったからです。
「あなたのその美しい歌声を、
もう一度だけわたしに聴かせてくれませんか?」
オークの木がナイチンゲールに切願しました。
「あなたのその歌声がもう聴けなくなると思うと、
とても淋しくてたまりません。」
ナイチンゲールは、快くオークの願いを聞き入れました。
そして、ナイチンゲールの澄んだ歌声が、
まるで銀のつぼから泡立つ清水のように
庭に響き渡るのでした。

ナイチンゲールが歌を歌い終わると、
学生は起きあがり、
ナイチンゲールの方を見上げました。
「あの鳥には形がある。」
学生はナイチンゲールのことを考えました。
「それはあの鳥にも否定できない。
しかし、あれに感情はあるのだろうか?
・・・恐らくないだろう。
実際、あの鳥は、
音楽のことばかり考えている芸術家に似ている。
格好ばかりで、少しの誠実さもない。
他人のために自分を犠牲にすることは
まずないだろう。
それでも、あの鳥が美しい歌声を持っていることを
否定はできない。
なんて残念なことだろう。
それが何も意味もなく、
少しも役に立ちはしないなんて。」

学生は自分の部屋に戻って、
わら布団のベッドに寝ころび、
再び、愛しい少女のことを想いました。
そして彼は、深い悲しみの中で
いつしか眠り込んでしまいました。


その夜、天空に月が青く輝くと、
ナイチンゲールは、
学生の部屋の窓の下に生えているバラの木へ、
飛んでいきました。
あのトゲのある枝に向かって。

そして、ナイチンゲール
胸をトゲにあてたまま彼への愛を歌い始めました。
冷たく澄んだ月は、ナイチンゲールの愛の歌に
静かに耳を傾けました。
ナイチンゲールが歌っている間、
トゲは深く深く胸に入りこみ、
ナイチンゲールの血をその身体から
吸い取っていくのでした。

しばらくすると、バラの木の一番高い小枝に
一輪の不思議な白いバラの花が咲きました。
しかし、バラの木はもっと強くトゲを心臓に押し付けるように
ナイチンゲールに言うのでした。
「もっと押し付けなさい、かわいいナイチンゲール
でないと立派な赤いバラが出来あがる前につきが消えてしまうよ。」

それを聞いたナイチンゲールがさらに胸を押し付けると、
ひどい痛みが大きな濁流となって
ナイチンゲールを襲ってきました。
それでも、ナイチンゲールは学生への愛を歌うのを
決してやめませんでした。
あの学生への愛が、
今にも激痛で折れそうになるナイチンゲール
支えているようでした。

すると、バラの花びらは
薄っすらとピンクに色づいてきました。
それは、くちづけする時の
花嫁の顔の赤らみのようでした。

でも、バラの中心はまだ白いままでした。
トゲは、ナイチンゲールの心臓には
まだ届いていませんでした。
バラの中心を真っ赤に染められるのは、
ナイチンゲールの心臓の血だけなのです 。

バラの木はもっとぴったりトゲに押し付けるように
ナイチンゲールに何度も何度も叫びました。
「もっと押し付けて、かわいいナイチンゲール
でないと立派な赤いバラが出来あがる前に
月が消えてしまうよ。」

ナイチンゲールが胸を強く押し付ける度に、
トゲが心臓に触れ、
荒々しい痛みが身体を突き抜けました。
その激しい痛みの中で、
ナイチンゲールはあの学生を想っていました。
あなたの髪、あなたの唇、あなたの顏・・・、
わたしの想像よりすべてが美しい。
愛は、なんてすばらしいの!
あぁ、愛しいあなた、
わたしは、あなたの本当の愛に・・・
ナイチンゲールの歌声は
さらに激しさを増して響き渡り続けるのでした。

ついに不思議なバラの花が、
朝日を浴びてあかね色に染まりました。
その花は燃えるように真紅で、
そして、その中心はルビーよりも深紅でした。

「見て、見て!」
バラの木が嬉しそうに叫びました。
「やっと立派な赤いバラが出来あがったよ」
しかし、ナイチンゲール
もう何も答えませんでした。


学生が目を覚ましたのは、その日のお昼でした。
彼は、憂鬱な気持ちのまま、
窓を開けて外を見ました。
「わぁ、これは奇跡か!」
窓の外に美しく咲いた赤いバラを見て、
学生は叫びました。
「赤いバラが咲いている!
それにしても、こんな綺麗な赤いバラは、
今まで見たことがない。」
学生は有頂天になってそのバラを摘み取り、
少女の元へ飛び出して行きました。

学生は、恋する少女を見つけると、
誇らしげにその美しい深紅のバラを差し出しました。
少女は、そのバラを見て、
「まぁ なんて綺麗なバラなんでしょう!」
と言はしましたが、
自ら手に取ろうとしませんでした。
学生は 不審に思いながら、
「ここに、世界で一番美しい赤いバラがあります。
今夜あなたがこれを胸につけ、
僕といっしょに踊るとき、
この僕がどれだけあなたを愛しているのか
このバラが伝えてくれることでしょう。」
と自分の想いを告げたのでした。
しかし、少女はその愛らしい顔をちょっとしかめ、
肩をすくめてこう言いました。
「そのバラは、わたしのドレスと似合わないと思うわ。」
あっけに取られる学生に、
少女は小さい子を諭すような口調で続けました。
「それに、執事の甥から本物の宝石をいくつかいただいたの。
宝石の方が花よりもずっと価値があることは
誰でも知ってることでしょ。
今夜は、その人と舞踏会へ行くことに、わたし決めたの。」
そういい終わると、少女は憐れむような笑みを浮かべて
学生の元を去ってしまいました。


「・・・恋って、なんて馬鹿げたことなんだろう!」
学生は吐き捨てるように言い、
持っていたバラを乱暴に投げ捨てました。
赤いバラは無残に道端に打ち捨てられ、
ちょうどそこを通りかかった荷車に轢かれ、
ぐしゃぐしゃになりました。
・・・それがバラだったことなど誰にも分からないほどに。

「本当に、恋なんてくだらない。
まったく何の役にも立たない。
今の時代は実際に役立つことが
すべてなんだ。」
学生は自分の部屋に帰って、
遅れていた勉強を始めました

夜になって、学生がふと窓の外を見ると、
そこには沢山のバラが美しく咲いていました。
胸を赤く染めたナイチンゲールの冷たい亡骸が
そこにあることなど誰も気づかないほどに、
バラの花は綺麗に咲き誇っているのでした。

学生は、一瞬バラの花に目をやりましたが、
すぐまた本に目を落としました。
今夜、舞踏会が開かれていることさえ、
もう気づいていないように。

2013年07月10日 20:24