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記事】リポート◎過小評価される患者の疼痛

 『患者の痛み、聞き出せていますか? 』
“除痛率”を大幅に高めた問診と記録の工夫とは

「この患者は痛がりで大げさに言うから」「問診で痛いと言っていなかったから」――。
そんな理由を付けて、患者の痛みを過小評価していないだろうか。
青森県立中央病院(青森市)で、患者に痛みの有無を徹底的に聞き出し、適切に評価する新たな取り組みが始まっている。

この取り組みによって、「医師や看護師の痛みに対する関心が薄いことを改めて感じさせられた。
痛みの適切な評価は、当院の疼痛治療を大きく変えた」と話すのは同病院院長の吉田茂昭氏だ。

緩和ケアに詳しい医療従事者が少ない青森で、患者の痛みを少しでも減らすにはどうすればよいかと考えた吉田氏。
専門のスタッフだけではなく、全ての診療科の医師や看護師が早期から適切に介入すれば患者のQOLがさらに改善できるのではないかと考え、「病院全体を挙げて取り組むと決断した」と言う。

◆癌患者の半数が痛みを抱えている
この取り組みは厚生労働科学研究費補助金(がん臨床研究事業)「がん性疼痛治療の施設成績を評価する指標の妥当性を検証する研究」(主任研究者:国立がん研究センター中央病院緩和医療科科長の的場元弘氏)の一環として実施したものだ。

同研究ではまず、 2012年5月22日〜10月26日までの期間に青森県立中央病院に入院した癌患者1171人を対象に、痛みの有無の調査を実施。すると501人(42.8%)と半数近くの患者が痛みを抱えていることが示された。

このうち、入院時に鎮痛薬が処方されていた患者252人(21.5%)が「痛みでできないことや困っていることがある」と答え、痛みがあると答えた患者の半数が生活に影響を与えるほどの強い痛みを抱えていることも明らかになった。

さらに、入院時に「痛みがある」「鎮痛薬を飲んでいる」と答えた同病院の患者416人を対象に、処方されている鎮痛薬が痛みの程度に合っているかどうかを疼痛管理指標(PMI)を用いて検証した。
すると、強い痛みがあるにもかかわらず、鎮痛薬が処方されていない患者が57人(13.7%)に上ることが判明。78人(18.7%)は、強い痛みがあるにもかかわらずアセトアミノフェンやNSAIDsなどの鎮痛作用の弱い薬剤が処方されていたことが明らかになった。

これらはあくまで、医師や看護師が痛みに対して適切な治療や処置をしていると信じて取り組んできた状況での結果だ。
つまり、これまで医師や看護師が実施してきた疼痛治療が不十分であり、見直す必要がある可能性を示唆しているといえる。

 ★「痛みによって生活が障害されているという視点が欠かせない」
  と語る国立がん研究センター中央病院の的場元弘氏。

◆適切に把握されていない痛みは多い
患者が訴える痛みに対し、適切な疼痛治療が行われない理由は幾つかある。

(1)そもそも「痛い」と訴える患者にしか痛みに関する質問が行われていない、
(2)痛みを正確に聞き取る手法が確立していない、
(3)痛みの評価方法が統一されていない、
(4)看護師による痛みの評価結果を医師が信頼していない
――などだ。

(1)に関して、生活に支障が出るほど強い痛みがあっても、医療スタッフへの遠慮などから痛みを伝えていない患者はいる。
医療従事者が積極的に痛みの有無を聞き出さなければ、実際に生じている痛みへの適切な疼痛管理はできない。
そもそも医師や看護師には、「患者は痛みによって生活が障害されているのだという視点が不足している」と的場氏は指摘する。

医師や看護師が患者の痛みを適切に評価するには、どこが、いつから、どんなふうに、どれくらい痛いのか、痛みでできないことや困っていることはないか、今使っている(以前に使っていた)鎮痛薬の効果はどうだったかを、「痛みを訴えていない患者を含む全ての入院患者に1日1回は確認する必要がある」と同氏は言う。

◆痛みは共通した指標で評価すべき
(2)(3)の聞き取りと評価については、痛みの程度を患者に聞く際は、主に数値評価スケール(NRS)、視覚的評価スケール(VAS)、表情評価スケール(FRS)の3つの指標が使われている。
それぞれ、「これ以上ない痛み」や「これまで経験した一番強い痛み」を最大値として、現在の痛みがどの程度なのかを患者に示してもらう方法だ。

問題となるのは、この最大値の説明の仕方。
青森県立中央病院の医師や看護師はこれまで、
患者に
「この病気になって一番強い痛みを……」
「人生で一番強かった痛みを……」
「入院してきたときの激痛を……」
などと説明をしており、スタッフによりまちまちだった。痛みを客観的に評価する指標にもかかわらず、医師や看護師が噛み砕いて説明することで、かえって客観性が損なわれる結果になったわけだ。

では、どのように尋ねれば、適切に痛みを評価できるのだろうか。

WHO方式のがん疼痛治療法には、治療の目標は第1に睡眠を妨げる痛みの消失、第2に安静時の痛みの消失、第3に動作時(体動時)の痛みの消失と示されている。

これらの痛みを的確に聞き出すために的場氏らが考案したのが、表1の質問シートだ。
患者が答えやすいよう、日常生活に着目して聞く形を取っており、「痛みでできないことや困っていることはありましたか」という質問項目を設けたり、安静時の痛みや体動時の痛みなどを確認しているのが特徴だ。


表1 痛みの記録シート 
患者と対話しながら痛みに関する質問に答えてもらい、痛みの有無を確認する。 

質問シートの裏面に評価方法の解説文を示し、それを見ながら患者に聞き取りをすることで、評価の基準がぶれないようにした。
例えば、評価スケールにおける痛みの最大値については「想像できるこの世の中で最高の強さの痛みをイメージしてください。
これ以上あり得ない強い痛みというイメージです」と患者に説明することとしている。

◆エピソードや心理状態を的確に記載
試行錯誤を繰り返して作られたこの質問シートだが、同病院で実際に運用を始めてみると、痛みがないと評価されているにもかかわらず痛む部位が示されているといった矛盾点のあるシートが散見されたという。
これは痛みに関するエピソードを患者から聞き出そうという意識が不足し、質問シートを埋めることだけに集中してしまったのが原因だった。

青森県立中央病院では、これら聞き取りの方法に対する意識を統一するため、各診療科、各病棟の全ての医師と看護師を対象に痛みの聞き取り方のレクチャーを繰り返し行った。
レクチャーの内容は、
(1)痛みの聞き取り方や評価の方法、
(2)副作用の評価と対策の仕方、
(3)突出痛に対するレスキュードーズの使い方
――の3つ。
いずれも特別な知識が要るものではなく、あくまで疼痛管理に関する基本的な項目について、15〜20分程度の短い講義を数回、全病棟で実施したのだ。

具体的には、一度NRSで評価をしたらそれ以降もNRSで評価をするなど、評価軸がぶれないようにするよう徹底。
しっかりと患者の訴えを聞き取るには、シートに書き取りながら問診の矛盾を見つけ、「先ほどは痛みはないと伺いましたが、痛む場所があるのですか」などとやり取りをしながら、的確に聞き取るように指導した。
そして、カルテなどに記す場合は痛みがある部位を明確にし、痛みに関するエピソードや心理状態などを忠実に記載するように書き方の見本を示した。

★カルテなどへの痛みの記録方法
患者への聞き方を変え、さらに評価の仕方やその記録の方法について医師と看護師が等しく学ぶことで、患者から聞いた情報を可視化して共有できる形にしたのだ。

◆医師が処方内容を振り返る機会を作る
これらの取り組みに加え、同病院では1日に1回、電子カルテ情報から、痛みでできないことや困っていることが「ある」と答えた患者や疼痛管理指標による評価結果が低い患者を全病棟からリストアップし、担当医にフィードバックできる院内のシステムを構築。
そして、「オピオイドカルテ診」と称して、オピオイドが適正量投与されているかを専門医が定期的にチェックしたり、副作用対策をアドバイスする取り組みを始めた。

これらの積み重ねによって、「鎮痛薬処方の増減や体位変換の方法の変更など、患者の痛みに対する医師と看護師それぞれのケアの内容がより適切なものになりつつある」と吉田氏は手応えを語る。

取り組みの成果を示すデータもある。
的場氏らは「痛みがある」あるいは「鎮痛薬を服用している」患者のうち、痛みで困っていることやできないことが「ない」と答えた患者の割合である“除痛率”を算出。介入前は40〜50%で推移していた除痛率が、介入後には60〜80%近くに上がり、改善傾向が見られた。

★癌による入院患者の“除痛率”の変化 青森県立中央病院における調査を開始してから15日間の除痛率の推移を、介入の前後で比較した。介入前は40〜50%で推移していたが、介入後は60〜80%となり、除痛率が向上していた。

現在、青森県立中央病院は、痛みの聞き取りの対象を外来患者にも広げるための検討を続けている。
それと共に、青森県全体に同様の取り組みを拡大していこうと動き始めている段階だ。
「医師や看護師にとって、患者の痛みを積極的に聞くことが当たり前だという文化が浸透し、痛みに関心を持つ医療従事者が増えることを望んでいる」と吉田氏は話す。

的場氏は今後、除痛率の向上に成功した青森県立中央病院のように、全国の医療機関が除痛率を求めるようになり、さらにそれを公開するようになれば、「おのずと医療従事者の痛みに対する関心は向上し、聞き取りや治療が今よりも適切に実施されるのではないか」と期待を寄せている。

2014年02月04日