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【記事】治療可能な認知症を見分けるコツ―その1―

『うつとアルツハイマー認知症の見分け方』

物忘れを心配し、外来を受診した患者さんを診療する際、認知症の視点から診断の流れを考えますと、まず行うべきことは、治療可能な認知症あるいは、認知症に類似する疾患(以下、両者を合わせて治療可能な認知症と表記)を除外することです(図1)。


図1 実臨床における認知症疾患診断の流れ まず甲状腺機能低下症などの治療可能な認知症やうつなどの認知機能低下を来す治療可能な疾患を除外した上で、アルツハイマー認知症などの診断を行う。


では、治療可能な認知症にはどのような疾患があるのでしょうか? 
表1は、私が開設している物忘れ外来を受診した患者さん1516人の中で、治療可能な認知症と診断した85人(5.6%)の疾患内訳を示したものです。最も多かったのは、うつ・抑うつ状態の28人で、全体の3分の1を占めていました。以下、認知症を伴わない幻覚・妄想、慢性硬膜下血腫、甲状腺機能低下症、脳腫瘍、心因反応の順になりました。


表1 治療可能な認知症または認知機能低下を来す治療可能な疾患と診断された患者さんの内訳


◆鑑別疾患を見逃さないための検査
頭蓋内の器質的疾患を除外するため、脳画像検査(CTあるいがMRI)は必ず一度は施行しておくべきでしょう。
病歴や問診・診察から一見アルツハイマー認知症らしいと考えられても、頭蓋内に慢性硬膜下血腫や急性期脳梗塞などが潜んでいる可能性はゼロではありません。
ただし、よほどの状況でなければ、必ずしも初診日に脳画像検査を行う必要はありません。
プライマリケア医の先生方の診療所で、CT検査装置を備えている施設はほとんどないと思います。連携システムなどを利用して、近隣でCTを有している医療機関に検査を依頼するとよいでしょう。
CT検査だけで頭蓋内の器質的疾患は十分除外できるので、MRIまで施行する必要はありません。

甲状腺機能低下症は、教科書的には治療可能な認知症の代表に位置付けられている疾患です。しかし、実臨床では甲状腺機能低下症だけが主因となって認知症を引き起こしている事例はほとんどないと考えられます。私自身はこれまで経験したことはありません。

というのもほとんどが、背景にアルツハイマー認知症を始めとする認知症疾患を合併しているからです。認知症が疑われる患者さんで甲状腺機能低下症が判明する事例は、認知症甲状腺機能低下症を合併している事例が圧倒的に多いのです。とはいえ、合併の有無を調べるため、一度は甲状腺ホルモンを検査しておくことが必要でしょう。

ビタミンB12が欠乏することで発症する、巨赤芽球性貧血や亜急性連合性脊髄変性症、末梢神経障害もよく知られた疾患ですが、脳症状として記憶障害や見当識障害、うつ、自発性の低下など、認知症類似の状態を呈することも報告されています1)。物忘れを主訴に受診した高齢者で、既往歴に胃切除がある事例では血中ビタミンB12が低値を示している可能性が高いでしょう。

血清ビタミンB12欠乏症の目安は100pg/mL以下であり、400pg/mL以上ならば欠乏の可能性はないとされています。100〜400pg/mLの範囲で血中ホモシステインが高値を示している場合に、組織内ビタミンB12の欠乏が予想されます2)。


◆事例5 74歳、女性。
主訴は物忘れ。
1年前から物忘れが目立ち始め、自発性の低下、意欲の減退が目立ってきた。自ら抑うつ的な気分を訴えることは少なく、我関せずといった態度だった。日常生活に大きな支障はない。
問診では、日付や前日の夕飯の内容を答えることができず、HDS-Rは 21点。初診時、認知症に進展しているのか、うつ状態なのかの区別ができなかった。

初診6カ月後頃から、不眠を訴え始めたため、睡眠薬を併用。
その後、
「気分がすぐれない」
「いらいらする」
「食欲が減退してきた」
といった訴えがみられ始めたことから、うつの可能性が高いと判断し塩酸パロキセチン(商品名パキシル)10mg/日の投与を開始した。
薬物療法の開始によって抑うつ気分や食欲低下は改善し、この時点でHDS-Rは25点と明らかな改善を認めた。
現在まで1年6カ月が経過しているが、笑顔が見られ気分も良好で物忘れ症状の進行・悪化を認めない。


治療可能な認知症の中でうつ・抑うつ状態は最も多く見られるものですが、認知症とうつ・抑うつ状態の鑑別に苦慮することも少なくありません。
図2 は、認知症の中で代表的な原因疾患であるアルツハイマー認知症と、うつ・抑うつ状態の関係を示したものです。

最近では、過去にうつ病相を有する患者さんはアルツハイマー認知症に進展しやすいとも言われています。
また、うつ・抑うつ状態がアルツハイマー認知症の前駆症状あるいは初期症状となるばかりなく、アルツハイマー認知症の経過中に抑うつ状態を来してくる事例も多く、うつ・抑うつ状態とアルツハイマー認知症は密接な関係にあると言えます。


図2 アルツハイマー認知症とうつ・抑うつ状態との関係 うつの既往歴に続いて、アルツハイマー認知症を発症するパターンや、うつ・抑うつ状態がアルツハイマー認知症の初発症状であるパターンなどさまざま。


◆うつと認知症を鑑別するポイント
表2にアルツハイマー認知症とうつ・抑うつ状態を鑑別するためのポイントを示しました。以下に簡単な解説を加えます。

両者の最も基本的な違いは、知的機能に低下が見られるか否かです。アルツハイマー認知症では、記憶障害を始めとする知的機能の低下が必ず見られますが、うつ・抑うつ状態では、知的機能の低下がないことが原則です。ただし、実際には高齢者のうつ・抑うつ状態では、年齢に伴う知的機能の低下が見られる場合も少なくなく、両者を知的機能の有無で鑑別することは難しいかもしれません。


表2 アルツハイマー認知症とうつ・抑うつ状態の臨床的な鑑別点


患者さんの気分と行動を比べると、うつ・抑うつ状態では、午前中は調子が悪く午後から夕方にかけて気分が少し明るくなったり、やる気が少し出てくるなど、気分や行動で日内変動が見られることが多いのです。
一方、アルツハイマー認知症では、気分や行動に目立った日内変動は見られず、自発性の低下や意欲の減退が持続して見られます。
また、うつでは、他人と接することを嫌がり、引きこもることが多いのですが、アルツハイマー認知症では、対人関係で無遠慮になったり、馴れ馴れしいことが多く、自発性の低下が前景に立たない限り、自宅に引きこもることは少ないです。

自己に対する認識を比較すると、うつでは内向的で自分自身を必要以上に責める傾向が見られます。
自分の責任ではない事柄に関しても、自分と関連付けてしまい、自分を責めることが少なくありません。
アルツハイマー認知症では、疑り深く、自分の失敗を他人の責任にすることが多くみられます。
患者さんの多くは自分の失敗に対する認識に欠けるあるいは乏しいのが特徴です。

感情面を比較すると、うつでは、悲哀、情けない、空しいなどの訴えがしばしばみられます。
一方、アルツハイマー認知症では、喜怒哀楽に乏しく感情の鈍麻が見られ、進行すると我関せず(不関)の状態になることも珍しくありません。

◆うつ・抑うつ状態と認知症の鑑別ができないとき
初診時に、うつ・抑うつ状態とアルツハイマー認知症との鑑別ができない時は、どうしたらよいでしょうか。
図3は、そうした場合の対応策を示したものです。
初診でアルツハイマー認知症の可能性がより高いと判断される時は、抗認知症薬を開始し、経過を診ていきます。
アルツハイマー認知症であれば、半年から1年経過を見ると、症状の進行・悪化あるいは新たな症状の出現が見られますのでその時点で診断が確実になってきます。

逆に初診時にうつ・抑うつ状態の可能性が高いときには、抗うつ薬を開始します。
抗うつ薬に反応し、症状の軽減が観察されればうつ・抑うつ状態と言えます。
一方で、物忘れ症状の進行・悪化が見られる時には、うつ・抑うつ状態を初期症状あるいは前駆症状とするアルツハイマー認知症の可能性を考えていきます。


図3 認知症かうつ・抑うつ状態か判断できない時の対応の流れ どうしても両者の区別ができない時は、抗うつ薬を処方。経過を見て、方針を決定する。


初診時に両者の区別ができない時は、まず治療可能なうつ・抑うつ状態を想定して抗うつ薬の処方を開始します。
経過に従ってうつ・抑うつ状態の軽減を認めれば、そのまま抗うつ薬を継続します。
背景にアルツハイマー認知症が存在している場合は、半年から1年経過を見ると症状は進行・悪化していきます。症状の進行・悪化を確認できた時点で、抗認知症薬を開始していきます。

1) Medicine (Baltimore) 1991;70:229-45.
2) Arch Intern Med 1999;159:2746-7

2013年09月13日