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【記事】腰痛の診断と治療―新しい診療ガイドラインから

日経メディカル2012年12月号特別編集版「ロコモティブシンドロームと骨折予防」
【診療アップデート】転載

腰痛とは1つの疾患単位ではなく、症状の名称である。腰痛は日常診療でよくみられる代表的な症状の1つであり、その診療に精通しておくことは整形外科医の責務といってもよい。
本年作成された日本整形外科学会・日本腰痛学会監修の「腰痛診療ガイドライン」の主な内容を紹介するので、日々の診療の一助としてもらいたい。

はじめに
日本整形外科学会では各種の疾患についてエビデンスに基づく診療ガイドラインの作成を行っており、本年、新たに「腰痛診療ガイドライン」が作成された。

腰痛に関する診療ガイドラインとしては、2001年に厚生科学研究費補助金を受け21世紀型医療開拓推進研究事業の一環として作成した「科学的根拠(Evidence Based Medicine;EBM)に基づいた腰痛診療ガイドライン」がある。
このガイドラインは、当時まだ一般的ではなかったEBMに基づいて作成された画期的なガイドラインではあったが、現在策定されるガイドラインで主流となっている、文献検索によって抽出されたエビデンスの高い論文を吟味し、適切なクリニカルクエスチョンを設定後、クリニカルクエスチョンに対する回答を推奨度を付加した形で記述するというルールに準じて作成されたものではなかった。

そこで、日本整形外科学会から委託され、日本腰痛学会内に腰痛診療ガイドライン策定委員会が組織された。今回の診療ガイドラインの位置付けは、あくまでも「改訂版」ではなく「初版」であることを明記しておく。

ガイドライン作成にあたり、委員会では以下の基本理念を確認した。
(1)本ガイドラインの対象は整形外科専門医のみならず、その他の一般臨床医とする
(2)臨床医が実地で使用しやすいガイドラインを目指す
(3)内容は腰痛患者のトリアージプライマリケアを主体とする
(4)日本における腰痛診療の実情にあったガイドラインを作成する
(5)急性・亜急性・慢性腰痛のすべてを含める。

つまり、腰痛を訴える患者数が多く、受診する診療科が多岐にわたることを考慮し、診療ガイドラインを作成することによって、内科医やプライマリケア医にも腰痛診療を可能にすることを目的とした。

診療ガイドラインの概要
ガイドラインは、定義・疫学・診断・治療・予防の5章からなり、合計17のクリニカルクエスチョンが記載されている。
腰痛は、これを引き起こす病態・基礎疾患が多岐にわたるにもかかわらず、定義が漠然としていることから、最初に腰痛の定義を記載した。

文献検索は2001年4月1日から 2008年3月31日の期間に絞って行い、より以前の重要な論文・エビデンスに関しては、「科学的根拠に基づいた腰痛診療ガイドライン」「慢性非特異的腰痛管理ヨーロピアガイドライン(日本語版)」「腰痛治療に関する包括的合同ガイドライン(米国内科医学会および米国疼痛学会による)」の3種類のガイドラインを参考とした。
推奨度に関しては日本整形外科学会の統一基準に基づき、表1の5段階とした。

表 1●推奨度



腰痛はどのように定義されるか
* 腰痛の定義で、確立したものはない。
しかし、主に疼痛部位、発症からの有症期間、原因などにより定義される。
* 一般的には、触知可能な最下端の肋骨と殿溝の間の領域に位置する疼痛と定義される。
* 有症期間別では、急性腰痛(発症からの期間が4週間未満)、亜急性腰痛(発症からの期間が4週間以上3カ月未満)、慢性腰痛(発症からの期間が3 カ月以上)と定義される。
* 原因の明らかな腰痛と明らかではない非特異的腰痛(non−specific low back pain)に分類される。

腰痛を有する患者の数はきわめて多い。
2010年国民生活基礎調査によれば、日本人の有訴者率の中で、男性では1位、女性では2位を占めている。
原因別には、脊椎由来、神経由来、内臓由来、血管由来、心因性の5つに大別される。
原因の明らかな腰痛としては、腫瘍(原発性・転移性脊椎腫瘍)、感染(化膿性脊椎炎、脊椎カリエスなど)、外傷(椎体骨折など)の3つが特に重要である。
その他、腰椎椎間板ヘルニア、腰部脊柱管狭窄症、脊椎すべり症など、神経症状を伴う腰椎疾患もこれに含まれる。


腰痛患者が初診した場合に必要とされる診断の手順は

* 注意深い問診と身体検査により、red flags(危険信号)を示し、腫瘍、炎症、骨折などの重篤な脊椎疾患が疑われる腰痛、神経症状を伴う腰痛、非特異的腰痛をトリアージする。(Grade A)
* 腰痛患者に対して画像検査を全例に行うことは必ずしも必要でない。(Grade A)
* 危険信号が認められる腰痛、神経症状を伴う腰痛、または保存的治療にもかかわらず腰痛が軽快しない場合には、画像検査を推奨する。(Grade A)
* 神経症状がある持続性の腰痛に対しては、MRIでの評価が推奨される。(Grade B)

以上をアルゴリズムにまとめたのが図1である。
腰痛患者が初診した場合に見逃してはならないred flags(危険信号)を表2に示す。
プライマリケアにおける問診では、発症以前の症状と治療歴や治療効果だけでなく、痛みの部位、症状の頻度や痛みの持続期間などを聞き、脊椎以外の内科的疾患由来の腰痛の可能性についても考慮する。
危険信号や神経根障害を有していない一般的腰痛が非特異的腰痛であり、腰痛の中で最も多い。

図 1●腰痛の診断手順


表 2●重篤な脊椎疾患(腫瘍、炎症、骨折など)の合併を疑うべきred flags(危険信号)




腰痛診断において有用な画像検査は何か、またはその他に有用な検査はあるか
* 腰痛患者に対してX線撮影を全例に行うことは必ずしも必要でない。(Grade A)
* 危険信号をもつ腰痛患者および神経症状を合併する腰痛患者の画像検査としてMRIは推奨される。(Grade B)
* 椎間板性腰痛の診断には、椎間板造影・椎間板内注射は有用な検査となりうる。(Grade C)

腰痛診断における画像検査の目的は、問診と身体検査でトリアージしたred flags(危険信号)の合併が疑われる腰痛や神経症状を伴う腰痛を評価することにある。
しかし、危険信号や神経症状のない非特異的腰痛に対して、画像検査を全例に行うことは推奨されていない。

腰痛に薬物療法は有効か
* 腰痛に対して薬物療法は有用である。(Grade A)
* 第一選択薬は急性・慢性腰痛ともに非ステロイド性抗炎症薬(NSAIDs)、アセトアミノフェンを推奨する。(Grade A)
* 急性腰痛に対して第二選択薬は筋弛緩薬を推奨する。(Grade I)
* 慢性腰痛に対して第二選択薬は抗不安薬(Grade A)、抗うつ薬(Grade B)、筋弛緩薬(Grade I)、オピオイド(Grade A)を推奨する。

日本でよく使用される薬剤としては、NSAIDs、抗不安薬、筋弛緩薬、抗うつ薬などがある。
最近、海外では腰痛に対する第一選択薬とされているアセトアミノフェンの使用が広まりつつあり、癌性疼痛のみの適応であったオピオイドの適応が慢性疼痛にも広がり、抗痙攣薬が腰痛に合併しやすい末梢性神経障害性疼痛に対して認可されるなど、新しい動きが出てきている。

腰痛に物理・装具療法は有効か
* 温熱療法は、急性および亜急性腰痛に対して短期的には有効である。(Grade B)
* 経皮的電気神経刺激療法(Transcutaneous electrical nerve stimulation:TENS)が腰痛に対して有効か無効かは一定の結論に至っていない。(Grade I)
* 牽引療法が腰痛に対して有効であるエビデンスは不足している。(Grade I)
* 腰椎コルセットは腰痛に対する機能改善に有効である。(Grade B)

腰痛に運動療法は有効か
* 急性腰痛(4週未満)には効果がない。(Grade B)
* 亜急性腰痛(4週〜3カ月)に対する効果は限定的である。(Grade C)
* 慢性腰痛(3カ月以上)に対する有効性には高いエビデンスがある。(Grade A)
* 運動の種類によって効果の差は認められない。(Grade B)
* 至適な運動量、頻度、期間については不明である。(Grade I)

運動療法にはさまざまな方法があり、大きく分けて、
(1)通常の活動性維持(身体的制限があってもそれに抗して通常の活動を行うように勧めるなど)
(2)柔軟性訓練(ストレッチング)
(3)筋力強化訓練
(4)エアロビック(ウオーキングやサイクリング)
(5)アクア(プール内リハビリテーション
(6)腰部安定化運動
(7)固有受容促通・協調運動
(8)直接的腰椎体操(McKenzie法など)
─の8種類が存在する。

腰痛に神経ブロック・注射療法は有効か
* 硬膜外注射、局所注射の腰痛に対する効果について一定の結論は得られていない。(Grade I)
* 腰痛治療において、椎間関節注射および脊髄神経後枝内側枝ブロックは短期的および長期的疼痛軽減に有効である。(Grade C)
* 神経根性痛に対して、経椎弓間腰椎硬膜外注射と神経根ブロックは短期的効果がある。(Grade B))

腰痛に手術療法(脊椎固定術)は有効か
* 重度の慢性腰痛を持つ患者に対して、脊椎固定術を行うことにより疼痛軽減および機能障害を減じる可能性がある。(Grade B)
* 腰痛治療において脊椎固定術と集中的リハビリテーションとには明確な差はない。(Grade B)

腰痛に患者教育と心理行動的アプローチ(認知行動療法)は有効か
* 腰痛学級が腰痛発症を減少させるかは明らかでない。(Grade I)
* 腰痛学級は早期職場復帰に向けた効果が期待できる。(Grade C)
* 小冊子などを用いた患者教育は、腰痛の自己管理に有用である。(Grade A)
* 認知行動療法は、亜急性または慢性腰痛の治療に有用である。(Grade A)

非特異的腰痛の手術適応の決定は慎重に行う必要がある。
腰痛の治療において、手術療法とリハビリテーションとのいずれが有効であるかの結論は、非特異的腰痛の病態が不明であるため得られていない。

腰痛に代替療法は有効か
* 徒手療法は急性および慢性腰痛に対して他の保存的治療法よりも効果があるとはいえない。(Grade B)
* マッサージは亜急性や慢性腰痛に対して他の保存的治療法よりも効果があるとはいえない。(Grade I)
* 鍼治療は慢性腰痛に対して他の保存的治療法よりも効果があるとはいえない。(Grade B)

日本にはカイロプラクターや整体師のための公的な資格制度が設置されていないため、上記の推奨は海外の文献によるものである。
日本における代替療法保険診療上、柔道整復師あん摩マッサージ指圧師、はり師、きゅう師が医師の同意を得た場合以外では、非外傷性腰痛や慢性腰痛には実施してはならないことになっている。

腰痛の治療評価法で有用なものは何か
* 健康関連QOL評価法は身体的、心理的および社会的角度から多面的要因を評価できる利点がある。
* Roland−Morris disability questionnaire(RDQ)やOswestry disability index(ODI)などが有用な腰痛の評価法である。
* 日本独自の評価法としてJapanese Orthopaedic Association back pain evaluation questionnaire(JOABPEQ:日本整形外科学会腰痛疾患質問票)、Japan low back pain evaluation questionnaire(JLEQ:腰痛症患者機能評価質問表)がある。
* 痛み自体を評価する方法としてvisual analog scale(VAS)がある。

腰痛は予防可能か、可能であるならば有効な予防法は
* 運動療法は腰痛の発症予防に有効である。(Grade B)
* コルセットの腰痛予防効果に関しては、一致した見解がない。(Grade I)
* 認知行動療法は、腰痛が慢性化し身体障害の発生や病欠が長期間に及ぶのを予防するために有効である。(Grade B)

おわりに
ガイドラインは腰痛治療のプライマリケアに焦点を絞り、腰痛に苦しむ患者に対し、正しく的確なトリアージが可能になるよう、EBMに則った適切な情報提供を目的に作成された。系統的な文献検索によって、腰痛診療に関する最新の幅広い知識が得られるものと考えており、日常診療に有効活用されることを心より希望している。 

2013年01月03日