蛇美

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「催眠療法」という心理療法は存在しない

催眠療法」という心理療法は存在しないという見解

催眠研究に関する学術誌"the American Journal of Clinical Hypnosis"の第38号で編集長のフリッシュホルツ(Frischholz, E..J.)が編集指針として述べた見解です。
その記事を日本語訳して簡潔に要約したので、灰田教授らとともにそれを見て行きましょう。
ちなみに、この雑誌はエリクソン(Erickson, M.H.)によって創設された学会であるASCHが発行する学術雑誌です。


★ "the American Journal of Clinical Hypnosis"はこれからも催眠研究についてのメジャーな学術誌であり続けるだろう。
しかし私は、投稿論文を受け付ける優先順位には時代に応じて変化もあるのだということを指摘しておきたい。

ゆんさん:
論文を受け付けるのに優先順位なんてあるの? それって差別じゃない?

釈田君:
学術誌には多くの論文が投稿されて来る。
でも、紙面の都合もあるし雑誌のレベルを保つためにもデータの取り方・分析の仕方・解釈の仕方がおかしな論文を載せるわけにはいかない。
掲載には最低限の基準ってものがあるんだ。
「優先順位」というと何となく差別的な響きがあるけれど、「基準」と考えれば良いと思うよ。


★どんなに優れた論文であっても可能な限り「催眠療法(催眠心理療法)」という用語は避けるべきである。
私は「催眠」というのはそれ自体は「心理療法」でも「治療」でもないと確信しているからである(詳細はFrischholz & Spiegel,1983を参照)。

ゆんさん:
え!? 何言ってるのこの人。
催眠療法っていう用語を使っちゃいけないなんて、どうかしてるよ!催眠の研究者として失格ね!

灰田教授:
深呼吸をして落ち着け。
催眠が特に有効なケースというのは非常に限られている。
催眠療法それ自体が確実に有効だと明らかになっているのはイボ治療ぐらいだ。
世の中には、催眠や暗示自体が特別な治療的効果をもっていると思い込んでいる自称専門家が多い。
しかし、そうではないことが例えばFrischholz & Spiegel(1983)によって明らかにされている。
催眠家だからこそ催眠を過信しないようにすべきだという教訓が読み取れる。

ゆんさん:
うそ! 信じられない。
この人の催眠が下手なだけでしょ!

釈田君:
まあ、次を見ていこうよ。


★この20年間で何か学んだことがあるとすれば、それは、(医師、歯科医、心理学者、ソーシャルワーカーなどの)専門家が用いる催眠はすべてやり方が異なるということである。
専門家は様々な問題を扱い様々なゴールを達成するために様々な治療的文脈で催眠を用いる。
そのことを記述するために「催眠療法」という用語を使用すると、これらすべてのアプローチに何らかの共通性があるのだということを示唆してしまう。

釈田君:
簡単にするためにかなり意訳したけど、わかるかな?

ゆんさん:
うーん、要するに、催眠というのはTPO(時と場所と場合)に応じて用いられて、用いられ方もまったく違うのだけれど、「催眠療法」という言葉を使うとあたかもそれらが共通のアプローチであると勘違いされてしまうということ?

釈田君:
さっきも言ったけど、催眠療法が効いたといっても、実際には催眠以外の部分が重要なんだ。
でも、「催眠療法」という言葉を使うと、あたかも催眠や暗示が重要ポイントのように見えてしまう。
だけどそうじゃない。本当は催眠以外の部分が大切で、そこを詳しく書くことが必要なんだ。そのために「催眠療法」という言葉を自粛せよと言っているわけ。


★それよりも、特定の主要な治療法とともに催眠がいかにして共同的に用いられるかに焦点を当てることのほうが重要である。
だから「催眠療法」という用語を気軽に使う代わりに、慎重に治療の論理的根拠と技法を記述すべきである。
このガイドラインを満たしていない論文は審査前に著者に返却し、治療の論理的根拠と技法を記述するように訂正を求める。

灰田教授:
「特定の主要な治療法とともに催眠がいかにして用いられるか」というのがポイントだな。
催眠は補助的に用いられるべきであって、主要な治療は別のところにあるという考えが示されている。
そして、そちらのほうを細かく記述すべきだと。そのためには心理療法だけでなく心理学理論や精神医学などにも精通していなければならない。

釈田君:
催眠療法というものは存在しない」と言われるのはそれが理由ですね。
肝になる部分は催眠以外の部分にある。それが具体的にどういうことなのかは今も研究され続けている…。

灰田教授:
一人の人間が研究できることなど限られている。
経験によってカンを養うのも限界があるし、トップレベルの専門家のカンも、科学的データから導いた結論よりも不正確であることも実験で明らかにされている(Leary & Miller,1986)。
だからこそ、世界中の研究者の知見が詰まった最新の論文を読んで知識をアップデートする必要がある。


◆ 補足
どうしても「催眠なら何とかなるのではないか」とか「催眠には単なる心理療法以上の効果がありそうだ」と思えてしまいますが、そうではありません。
退行催眠であろうと症状の直接的除去であろうと置き換えであろうとイメージ催眠であろうと、催眠の成功それ自体が治療の成功率を高めるわけではないのです。
専門家でなくとも、うすうすこのことに気づいている人は多いことと思います。

特に退行催眠は万能であるかのようなイメージが定着していて、「退行催眠さえ成功すれば私は治るはずだ」と信じている人を見かけますが、退行催眠にこだわることでむしろ他の適切な選択肢を見失ってしまう可能性があります。

そもそも、ロフタス(APA:アメリカ心理学会会長)らによる一連の研究が示すように、催眠によって復活した記憶は正確とは限りませんし、記憶が復活したからといってカタルシスが起こるとは限りません。
それどころか、ありもしないトラウマ的な記憶が作り出される可能性があります。

90年代、アメリカでは退行催眠を受けたクライエントが、幼児期に虐待を受けたという記憶を思い出し、両親を訴えるというケースが続発しました。
しかし、大がかりな調査の結果、実際には虐待の事実はなかったという話があります。
虐待の事実がないことがわかったものの、思い出した記憶を信じきってしまって家庭崩壊に至った家族も続出しました。
興味のある方は「記憶戦争(memory wars)」で検索してみてください。
これは「偽りの記憶問題」として世界中に衝撃を与えました。
現在、欧米では「催眠による記憶回復は危険である」との見解が出されています。
(日本ではいまだにテレビ番組で興味本位にやっていますが・・・)。

しかし、催眠を売り物にする自称専門家にとっては、催眠はすごいものでなくてはなりません。
劇的な現象を見せつけて「すごい」と思い込ませる必要があります。
そのため、こうした業者はこれらの催眠の現実を認めようとしない傾向があります。

2016年02月11日