蛇美

私は今日まで生きてきました…

催眠術(ショー催眠)の裏

■ ショー催眠の定義
ここでは、以下の2つの条件を満たすものをショー催眠と定義します。

1 催眠者と被験者はセラピスト−クライエントという関係ではない。
2 そこでは、催眠現象が起きることが期待されている。

つまり、催眠術一般を指します。
ショー催眠と言うと集団催眠が連想されますが、1対1などの催眠も含めます。


■ 要約
催眠には2つの志向性がある。
ここではそれらを「モラル志向」と、「享楽志向」と名づける。
モラル志向の催眠術師は慎重で派手さに欠けるが、裏を返せば誠実であるという長所も持つ。
享楽志向の催眠術師は楽しむためなら何でも行い鮮やかな演出を目指す。
ショー催眠の「鮮やかさ」は、催眠における3つの段階それぞれに規定要因が存在するように思われる。
この3つを上手く利用すれば、危機的状況も大抵は乗り越えることができる。
しかし、これらのテクニックを乱用すると被験者の尊厳を傷つけたり、誤情報を流布する可能性があるので注意する必要がある。


■ ショー催眠、その前に
ショー催眠というのは手品と同じで、タネを知らないほうが見ている分には楽しめます。
まるで魔法か特別な技術であるかのように思えるからです。
しかし逆に、もしも自分がそれを行う立場に立つのであれば、まずはタネを理解しなくてはなりません。

タネも知らずに見よう見まねでやっていても本質的な催眠の理解にはたどりきません。
専門的な理論を知らない人が経験の積み重ねから帰納的に理論を見出すのは無理です。
ニュートンアインシュタインも思いつきで発見をしたわけではありませんし、催眠の理論も思いつきで発見されたわけではありません(このことを理解できないからこそ経験に頼るのかもしれませんが…)。


■ 2つの志向性
ショー催眠には2つの志向性があります。
モラル志向(倫理を遵守する。むやみな催眠の実施を自制する)と、享楽志向(とにかく楽しむことを重視する、催眠をできるだけ派手に演出する)です。

享楽志向の催眠は見た目に派手で観客からも驚かれるので、催眠術師自身が有頂天になってしまい、ついついそれこそが求められているものだと錯覚しがちです。
享楽志向の「楽しめれば良い」という考え方は社会的に見れば幼稚で、自己中心的な態度であると考える人も多いです。
一方、モラル志向には、「頭が堅くて面白くない」と思われがちであるという欠点があります。


■ 鮮やかさを決定する3大要因
ショー催眠ではいかに鮮やかに魅せるかがポイントとなります。
そのための享楽志向性を高める初歩的な技術は以下の3つです。

・被験者を選ぶこと(催眠誘導前)
被験者を選ぶポイントは2つあります。協力的な人(催眠に対してモチベーションや興味がある人)を探し出すことと、被催眠性が高い人を探し出すことです。
協力的でない人は説得によって協力的になる可能性があります。
被催眠性は説得では変えられないので、このような人を避けることが重要です。
「かからない人には初めからチャレンジしない」がショー催眠の原則です。
この2点を押さえることこそがどんなテクニックをもはるかに凌駕する最重要点です。
テレビやビデオでは必ずどこかで何らかの手段を用いて被験者を選んでいます。
だから失敗がない(少ない)のです。

・話術その他のテクニック(催眠誘導中)
ハッタリをかまして、たとえうさんくさいことでも自信をもって話す。
「脳」とか「潜在意識」といった何でも説明できる「詐欺のための用語」を駆使して何でももっともらしく話せるように訓練しておく。
これはショー催眠術師の基本です。

・失敗しても失敗と思わせない(催眠誘導後)
失敗してもうまく乗り切る方法(リカバリーの技術)です。これができると「失敗しない人」のように見せることができます。

代表的な方法がいくつかあります。

1.催眠以外の方法を用いて催眠にかかったように見せかける。

2.「…と、こうやるとかからないんですよ。本当はこうやって…」などと、さりげなく次の方法に移る。

3.他に被験者がいる時は、かからない被験者は諦めてすぐに次の被験者に移る。


■ 少し具体的に
話術その他のテクニックの例

(例1)観客を集める
→「催眠にかからなくちゃ施術者や観客に悪い」「せっかくだからみんなに楽しんでもらいたい」という返報性の心理が働きます。
「みんなに見られてるから、地味なリアクションはできない」と無言の圧力を感じる被験者もいるでしょう。
観客の存在は被験者のモチベーションを高めます。

(例2)カメラ・ビデオを向ける
→例1と同じです。

例3)ギャラを与える
→これにも「返報性」の心理が働きます。
「ギャラもらってるから協力しよう」という心理です。いわゆる援助交際が成り立つのもこの原理です。
これを使えばかなりむちゃくちゃなことをさせることもできます。
金の力を催眠の効果だと勘違いさせることもできるでしょう。
ギャラの力は強力です。

(例4)集団催眠を行う
→「同調」「社会的証明」の心理が働きます。
一人では抵抗のあることも、集団になれば抵抗がなくなって実行しやすくなります。
心理学でもよく研究されている没個性化ですね。

(例5)初めにかかりやすい人にかける
→例3と同じく、「同調」「社会的証明」です。
催眠を見ていると、見ている人は心理的な抵抗感が低くなります。
ここで催眠術師のターゲットになっているのは、実はそこでかかっている人ではなく、それを見ている人なのです。

(例6)肩書き
→「有名催眠術師」などと紹介されれば、それだけで強力な「権威」になります。

(例7)独自の方法
→仰々しい名前の技術は「権威」と「希少性」を増します。

(例8)成功しやすい催眠から順にかける
→運動支配→感覚支配→記憶支配というような催眠の進め方の意味は、被暗示性の亢進だけではありません。
「コミットメントと一貫性」も有効に利用していると言えます。

(例9)自信を持って話す
→催眠術師の大半は「心は脳にある」とか「催眠は潜在意識に働きかける」などと適当なことを言っていますが、自信を持って話せばウソも本当のように聞こえます。
「権威」の働きです。

キリがないのでこの辺で・・・。
これを反対の立場から見れば、ショー催眠のカラクリの断片が見えてくると思います。


■ 最終防衛線
どうやっても催眠にかけることができなかった。
催眠に見せかけた催眠(っぽい方法)も通用しなかった。
困った! というときに使われる奥の手があります。

潜在意識の理論を思い出してください。
これはショー催眠でも使えます。
催眠にかからないと言う人に「いえ、あなたは潜在意識では催眠にかかっているんですよ」と言えば、たとえどんなにかかってないと主張しても無駄です。あるいは「催眠にかかっていると思わせないことが私の催眠術です」「催眠を使わないのが究極の催眠です」などと言えば、どんな人でも催眠にかかったことにできます。

これを見てディスプレイの前で苦笑している人がいるかもしれませんが、その場の雰囲気や話術、催眠術師の権威に乗せられて、このような言い訳に気づかず納得してしまう人がとても多いです。
場合によっては「さすが先生!言うことが違う!そのことには気づかなかった!」などと尊敬している様子さえ見られます。
半分笑い話のようですが、笑ってばかりもいられません。
彼らは新興宗教の教祖にはまっている人のような盲目的な状態に陥っているわけです。
機会があれば一度観察してみてはどうでしょうか。

※これはスプリッティングという技法として催眠で応用されることもありますが、安易に乱用すると反感を抱かれる諸刃の剣。

2016年04月10日